#119 “働かざる者食うべからず“という思考の癖を捨てることにします

こんばんは。

妻です。

2日前の“早く寝よう作戦“は大成功し、その日は久しぶりに20時過ぎに寝ることができました。そして、6時35分まで寝ました。やれば出来るんです!うちのとん助。

そう思ったのも束の間。束の間も束の間。束の間にも程があると感じすぎる程ですが、昨日も今日も、また21時を超えての就寝になりそうです。明後日からの登校、こんな調子で大丈夫なのでしょうか。心配。

さて、本日は、やっと年末年始のようにのんびり過ごすことができました。

なんと言っても、とん助の縄跳びに付き合うためにちょっと庭先に出たくらいで、外出をしなかったというのが良い!本当に素晴らしい。

午前中はパジャマで過ごすと決め、普段はつけないテレビをつけて、普段は見ないようなバラエティ番組を観て、ダラダラ。お昼ご飯を食べて、また、ダラダラ。夕方からは夕飯を挟んで『ドラえもんとのび太の新恐竜』と『宇宙兄弟#0』の二本立て。

最高でした。

ダラダラ出来る時間、プライスレス。

ただ、そんな中でも私の頭をよぎる一抹の不安。

これは、幸せや贅沢だと感じる時ほど出てくるやつ。

『仕事をしていないのに、こんなに幸せ、贅沢でいいのか』というやつ。

恐らく、私の中には小さい頃から母親に言われ続けていた一つの呪いがあるのです。それは『働かざる者食うべからず』ということ。この“働く“というのは、“体を動かす“ということで、母親はまさにこの言葉を体現しているような人でした。だから、私も働くことが当たり前だと思っていたし、自分も当然に働くものだと思っていたし、働いてこそお金がもらえるのだと思っていたのです。というか、今でも深層心理の中ではそう思っているのだと思います。

今年、2025年こそは、この私に刻まれた概念を、常識をぶち壊したい。

体を使って、時間を拘束されて働いたものだけが、お金を手に入れていい存在だという私の意識を、どうにか変えたい。

この考えの癖を捨てたい。

だって、物理的に働くことが出来ない体になってしまった訳だし、働くことを辞めた自分をどこかで否定し続けている気がしているから。自分で自分を責め続けているのです。

分かっているけど、辞められなかった。

辞めたいけど、辞められなかったのです。

でも、今年はそんな自分を捨てます。捨てて、違う自分を手に入れます。

意識して、そうじゃない思考に切り替えていく、なりたい自分を想像する時間を増やしていこうと思います。

体を使わなくても、時間に拘束されなくても、私はお金を得ることができるし、なんならこのままでも十分豊かになってもいいということを自分に許可していくことにします。

さて、少々、スピリチュアルのようなオカルトチックのような文章になってしまいましたが、新しい年が始まった今だからこそ、来年の自分に思いを馳せて、なりたい自分を想像し、そんな自分になるために、何をどう行動したらいいのか、考えながら実行していく一年にしたいものです。

たまたまでもこのブログに出会って、一つの記事にでも興味を持って、少しでも読んでくれた人に、何かの共感なり気付きなり笑顔なり、プレゼントできるような記事を書くことが出来たらいいなと思います。

そんな一年にもしたいです。

まだ寝ていないとん助が呼んでいるので、寝室へいくことにします。

それでは、また。

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