#112 【悲報その1】ありがとう、坐薬。とん助、数年ぶりの急性中耳炎に泣き叫ぶの巻

こんにちは。

妻です。

お久しぶりです。残念ながら、お久しぶりになってしまいました。

というのも、タイトル通りとん助が久しぶりに急性中耳炎になりまして、寝ずの看病に始まって、あれやこれやと悲報が続き、怒涛の1週間を過ごした結果、随分とブログから離れてしまいました。

今回は、悲劇の序章となった、とん助くんの急性中耳炎について。

日中は、空手の試合を見学しに行ったり、ばーばと久しぶりのお寿司を食べに行ったりとご機嫌だった日曜日。悲劇の始まりは静かな夕方でした。

突然、右耳の違和感を訴え始めたとん助。何だか、聞こえにくいし変な感じがすると。おやおや?と思ったものの、耳抜きをするように話す私。全く変化がなく、やっぱりおかしいと言い出すとん助。それでも何とか夕食を済ませ、歯磨き、お風呂と寝る準備を進めました。

以前にも書いたように、うちには事あるごとに“鼻うがい“というルーティーンがあります。その日もいつも通り寝る前の鼻うがいをしましたが、どうやら耳が気になってそれどころでは無くなっている様子。

いざ、寝ようと布団に入ったとき、遂に、とん助は「耳が痛い」と言い出したのです。これは困った。耳が痛いは、お腹が痛いと同じくらい、出来ることが少ないからです。そうか〜、でも、とても眠そうにしていたので、そのまま寝るように誘導してみることに。真っ暗な部屋の中。しばらく経っても、とん助が寝る様子もなく、呻き声にも似た「う〜」が聞こえたので、とうとう私も『看病モード』にスイッチを切り替えることに。

部屋の明かりをつけると、耳を抑えるとん助。「大丈夫?」の優しい声色を聴いて、我慢していたものが弾けたように「ギャーーーー」っと泣き始めてしまいました。直感的に、これは、中耳炎だなと。

その前の週からずっと続いていた黄緑色の鼻水。鼻をかみなさいと何度言っても鼻を啜ってしまうとん助。耳の違和感の訴えに、夜になってからの急激な痛みの発症。

急性中耳炎を疑うには充分過ぎるほどの材料が揃っていました。

“鼻うがい“最強説、崩壊。

おそらく、鼻うがいでも洗い出しきれなかったネバネバ鼻水により、急性中耳炎を発症したのでしょう。

さて、敵をある程度絞れたところで、こちらに出来ることは何か。

1 冷やすこと

2 鎮痛剤を飲ませること

これだけ。

解熱ようにもらっていたアセトアミノフェンを経口服用させたのが20時半。あとは、アイスノンを耳に当てながら、落ち着かせて入眠を誘います。

ここまでは順調。そのまま、スヤスヤと眠りについてくれました。

ところがどっこい。約1時間で再びモゾモゾ動き出し、痛いと泣き始めました。この時点で、私はその日寝る行為を放棄。徹夜になることを覚悟したのです。この辺までは、私も「痛いよね」なんて優しい言葉をかけてあげられていたかもしれません。

このあとは、痛みで泣き喚く→疲れて眠る→起きて痛がる→疲れて眠るを繰り返すことになります。

夜中の1時半を過ぎた頃、また、痛みで泣き喚めき始めたとん助は、これまでとは違い、泣き喚く+暴れて転がり回るという行動にで始めました。かつて、夜泣きのひどい時にこうなることがあったのですが、隣で寝ていた私は、蹴られるのではないかという不安で飛び起き、電気を点けて「とん助、大丈夫?起きてる?」と確認。泣きながらも、寝ているような、起きているような、痛くて答えられないような、そんな表情をしています。ただ、小学校1年生男児の力は凄まじく、抑えられるわけもありません。必死の呼びかけにも反応しないし、暴れまくっているし、寝れないイライラも加わって、、、『よし、部屋を出よう。大丈夫、ここは安全』と廊下で待機。いつまでも止まらない泣き喚くとん助の声に、別室で寝ていたヒデさんもさすがに心配して起きてきました。そして、廊下に居る私を見てビックリ、部屋で泣き喚き暴れまくるとん助を見て2度目のビックリです。

ヒデさんに抱き上げられたとん助は、一瞬、落ち着き泣き止んだようにも見えましたが、痛みのためかやはり泣き喚くことを続けています。

仕方がない。アレを使おう。

そうです。アレです。ボルタレンです。坐薬です。

アセトアミノフェンを服用してから6時間は経過しているし、こんな強い痛みにはこれしかない!いつもらったかの記憶も定かではないほど以前に小児科で処方してもらった、最後の一つ。冷蔵庫に数年間も隠し持っていた、私の秘密兵器です。

しかし、これを使うにはもう一つ越えなければならない高いハードルがありました。とん助は、坐薬が大嫌いなのです。

「とん助、そんなに痛いなら坐薬入れよう」

「いや、絶対にいや」

ここまでの会話は想定内です。泣き声を数時間も聞いていたことによるストレス、この後に及んで聞き分けのないとん助へのストレス、眠くてたまらないのに眠れないストレス、そして何より、こんなにも痛がる我が子に対して何もしてあげることができていない不甲斐ない自分へのストレス。それらを全てぶつけるように、私はとん助に向かって言いました。

「痛くて嫌なのは分かっているけど、とん助の体にとって必要なことだから坐薬を入れる!とん助は、この注射をしなきゃ死ぬって言われても、注射が嫌だからって断るのか?!痛くないようにするから、話を聞け!!!!!」

この時の私は、とん助の泣き喚く声など比にならないほど大きな声を出し、ひどい剣幕だったことでしょう。夜中であることも、近所迷惑なんて言葉を考える余裕もありませんでした。

その気迫に驚いたのか、泣き止んだとん助。

本当に痛くない?なんて心配して色々と私に質問している隙に、ニュッと坐薬の挿入に成功。

「え?ちょっとチクっとしたけど、痛くなかった」

でしょうね。私を誰だと思っているのですか?と、ドヤ顔をしたくなるほど上出来でした。

そして、さっきまでの修羅場のようなシーンが嘘のように、坐薬挿入から10分ほどでとん助は入眠。途中、夜泣きのような半覚醒はあったものの、朝の7時までグッスリ寝てくれました。

ありがとう、坐薬。

翌朝、38度の発熱はあるものの、耳の痛みはなく元気な様子。違和感だけは残っていたみたい。耳鼻科を受診すると、予想通りの『急性中耳炎』とそれに伴う発熱ということでした。抗生物質と鼻水、咳止めなどなどをもらい、2日後に再診することで一件落着。

と、そうなれば良かったのですが、これが悲劇の始まりに過ぎなかったとは、この頃の私は思いもしませんでした。

この続きは、また今度。

それでは、また。

タイトルとURLをコピーしました